株式会社伊藤建築設計事務所

建築をとりまく環境と諸技術

多目的ホールの音響改善への取り組み

         

▷安城市文化センター「マツバホール」の事例

安城市の中央公民館として客席数約500席の「マツバホール」という多目的ホールをもつ施設の改修設計を担当した。安城市は、世界的に活躍するピアニスト、田村響氏、後藤正孝氏の出身地であることから、音楽関係者の声が強く、音響性能の良いホールが熱望されていた。安城市には他に1,200席の客席を持つ市民会館があり、すでに改修工事を済ませていたが、音楽関係者を満足させる音響性能ではないとのことで、文化センターの改修に期待がかかっていた。

文化センターの改修は、外壁改修、内装改修など老朽化に対応するものであり、この機に市民ニーズに合わせた改修を検討した。また、ホールの客席天井が特定天井に該当し、建築基準法の不適格状態にあるため、対策が必要であった。ホール客席天井の脱落防止の改修工事に合わせ、音響性能を改善することが課題となった。

音響性能の向上のために

以下の点を改善する必要があった。

  • 残響時間の最適化(残響時間伸張)(空間ボリュームの拡大、隙間の削減)
  • 反射音のバランスの良い拡散(空間形状の変更)
  • ホール内の静寂性向上(空調騒音軽減対策、防音建具の遮音性能改善等)

音響反射板の改修

まず既設の音響反射板の隙間削減を検討したが、既存の音響反射板の改造では困難であると判断し、新設の対応とし、隙間を約9㎡に抑えることとした。多目的ホールとしての利用もあるため、音響反射板間の隙間をなくすことはできなかったので、安全面も考慮し150mmの隙間とした。

建築音響の専門家の助言により、良好な響きを実現させるために、反射板の重量を重くし、各反射板の仕様を変えることにした。

客席から舞台方面をみる

天井反射板

ラワン合板t=12+ダンピングシートt=2+石膏ボードt=9.5+塗装仕上げ

正面反射板

ケイカル版t=12+ダンピングシートt=2+石膏ボードt=9.5+塗装仕上げ

側面反射板

ケイカル版t=12+ダンピングシートt=2+石膏ボードt=12.5+単板練付け仕上げ

客席内装改修

客席天井の脱落防止対策が本来の目的であったため、内装改修は天井改修に影響する範囲に留める方針で設計をスタートさせた。空間ボリュームを大きくするために天井面の位置を変えたため、壁面にも影響があり、影響範囲を改修することにした結果、壁面の下部は既存とし、上部を新しい形状にデザインし直した。床面は、天井改修のための足場を設置する必要性から、座席の取り外し再設置とした。床仕上げは全面的に改修した。

客席天井

  • 天井面を波形にし、反射音をバランスよく拡散させた。
  • 空間ボリュームを大きくした。
    (室容積 約3,200㎥→約3,500㎥)

客席壁

  • ケイカル板成型材不燃リブ(木練付)とし、ピッチ、角度を多様な組み合わせとすることにより、ランダムな反射音を生み出すようにした。

客席床

  • カーペットとし、歩行感、静寂性を重視した。ただし、階段部分の蹴上を反射面とするなど音響面で工夫した。
改修前
改修後
舞台から客席をみる

天井改修の前提として

ホール客席天井は、複雑な形状でかつ隙間をなくす設計にしようとしたため、特定天井となる吊り天井にはせず、直固定天井とした。また、天井改修に伴い荷重が増えることになるため、ホール客席屋根部分の防水を変更し荷重を減らした。

断面図比較

音響シミュレーション

設計時のシミュレーションで、下図のように反射音がよくばらつくように設定した。また、計算では空席時500Hzの残響時間が現状の1.13秒が1.46秒になると見込まれたため、残響時間を1.4秒以上になることを条件として工事を行った。改修後の実測では1.6秒となった。

ホール断面 改修前後比較

静寂性の実現

ホール内の静寂性を向上させるため、改修前後の騒音値であるNC値を測定した。空調騒音の改善、防音扉の調整などを行った結果、改修前NC-39~40であったが、改修後はNC-25となった。コンサートホールレベルへの改善となった。

施設概要

所在地愛知県安城市桜町17-11
敷地面積9,255.95㎡
建築面積3,194.75㎡
延床面積6,054.21㎡
新築時竣工年1981年
当該改修工事実施年2018年
新築時設計者株式会社山下設計
該当改修設計者株式会社伊藤建築設計事務所
建築音響技術指導浪花千葉音響計画有限会社